お世話になったフリースペース その2 パスの会


こんばんは、引きこもり革命塾の塾長佐藤でございます。

前回は私が不登校・引きこもりの時に最初にお世話になった埼玉県所沢市にあった、フリースペース「バクの会」のお話をしました。

今回はそこで自力で行けそうな場所として「バクの会」の代表の滝本さんに教えてもらった「パスの会」の話をしたいと思います。

この「パスの会」にはその後も長くお世話になりました。

■パスの会とは?
「パスの会」も1987年から群馬県で活動していた団体です。

元々は親の会から始まり、その後、フリースペースも始めました。2001年にはNPO法人となっています。

その後も支援が必要な若者の年齢が上がってきたことに対応して、
自立支援アパートや就労体験など、非常に幅広く若者と親の支援を行っていました。

しかし、残念ながら代表や支えてきたスタッフたちの高齢化や、
それに伴う体力の問題などもあり、2012年に実質的な活動は終了しています。

因みに「パスの会の跡地」というサイトを、お世話になった敬意を含めて、私が立ち上げ管理運営しております。

 「パスの会の跡地」 https://sites.google.com/site/npopass/

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■きっかけ

「パスの会」を知ったきっかけは、『お世話になったフリースペース その1』でお話しした「バクの会」で、
「バクの会」の代表の滝本さんに教えてもらった事でした。

「バクの会」は埼玉県所沢市にあり、私の家からは高速道路を使って約1時間半かかり、
電車では3時間以上ということで、何とか自力で行けるところな無いか、聞いたのがきっかけでした。

「パスの会」では当時、群馬県渋川市で「わいわいクラブ」という名前で、
病院の2階を借りてフリースペースを開いていました。そこに16歳ごろから行くようになりました。

■どう通っていたか

「わいわいクラブ」までは電車で1時間、更に渋川駅から徒歩で20分近くありました。
電車は途中、乗り換えがあり、上越線は3両ほどと短く、帰りの夕方は通勤・通学の学生がかなり乗っていました。

当時の私は常にトイレの心配があり、その上同世代が苦手だったため、この環境はとても大変なものでした。
初めは父や母と一緒に行って、その後は1人で行くようになりました。

ただ、不幸中の幸いと言うか、当時は特急が利用できましたので、特急ならば人も少なく、トイレも各車両にあるため気が少し楽でした。
そのため、お金が余分に掛かりますが特急が使える時は利用していました。

 

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■どう過ごしていたか

当時、「わいわいクラブ」には下は小学生から上は10代後半まで、5~7人くらいの子たちが来ていました。
室内は広さもあり、おしゃべりしている子や遊んでいる子、ゲームをしている子などいろいろでした。

しかし、当時は電車で渋川まで行く、ただそれだけで大変神経を使ったため、
せっかく自力でそこまで行けるようになったものの、1週間に1度行くのが精一杯でした。

それもあって来ている子たちとなかなか会話ができず、もっぱら「パスの会」の代表の山口さんに悩み相談などをしていました。

母親から大検予備校を案内された時も、「本当に行けるだろうか?」と自分でも心配だったので山口さんに相談していました。

こうして親以外の信用できる大人に相談したことで、大検予備校に行く決心が出来ました。

この「パスの会」にはその後も長くお世話になることになります。

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