引きこもり革命塾 設立秘話

開 設 意 義

引きこもりのお子さんを持つ、お父さん、お母さん、初めまして。
私は、NPO法人ぐんま若者応援ネットの代表をしております佐藤真人と申します。
このNPO法人ぐんま若者応援ネットでは、「不登校」や「引きこもり」の若者の居場所であるフリースペース「アリスの広場」を運営しております。

この「アリスの広場」で私が目指したものは、「不登校」や「引きこもり」の若者達のために、「好きな時に訪れて、自由に過ごせる空間」を提供することにより、「部屋から一歩外へ踏み出せる勇気」を持って貰いたいということなのです。

ただ、いくらこのようなフリースペースを「引きこもり」の子供達に提供したところで、根本的な解決にはなりません。

では何をしたら子供達は変われるのかと言えば、それは、お父さんとお母さん自身が子供達以上に「変わること」なのです。

お父さんやお母さんが変われば、引きこもっているお子さんも必ず変わっていきます。
それは私の経験上間違いありません。

引きこもっている子供自身、お父さん、お母さん以上に悩んでいます。

私がこれらの活動を行おうと思ったのは、私自身が中学生になってすぐに不登校となり、約6年間不登校・引きこもり状態だった経験があるからなのです。

しかし、お父さんやお母さんは、自分自身は引きこもった経験がない方がほとんどだと思いますので、余計に引きこもっている子供の気持ちやその対応が分からないと思うのです。
ですから、私は、この「引きこもり革命塾」を通じ、引きこもりのお子さんを持つ、お父さん、お母さんのために、少しでも役立つ情報を提供できればと思い、当サイトを立ち上げました。

引きこもりの子供を抱え、悩んでいるお父さんやお母さんには、是非私の言葉に耳を傾けて頂き、1つでも2つでもいいのでこれから私が提案することを実践して頂きたいのです。
その結果、引きこもっている子供達が、1人でも多く「引きこもり」から抜け出してくれたなら、このサイト「引きこもり革命塾」を立ち上げた意義はあったと感じます。

NPO法人ぐんま若者応援ネット
引きこもり革命塾
塾 長  佐 藤 真 人

 

引きこもり~入口、そして出口にあるもの~

6年間不登校・引きこもり

私は中学1年生になって間もなく、体の体調に異変が起こりました。学校へ行くとトイレ、具体的にはオシッコが極端に近くなったのです。授業中に先生にトイレに行くということの言いづらさ、そして、ちょうど思春期に入り始めたころで、周りに子たちから変な目で見られてるのではという恥ずかしさが更にプレッシャーとなり、どんどんひどくなっていきました。
もちろん、このとき何もしなかったわけではありません。いろいろな病院で診察を受けましたが、体に異常はないと言われました。そこで精神科にも行きましたが、お医者さんからは、これは心の問題だから治療云々はできないと言われてしまいました。
ただ、実際に症状が出ていてどうしようもないので何とかならないかということで、薬をもらいました。薬については、再び薬をもらいに行ったとき言われたのですが、老人の頻尿を抑える薬でした。

こうした中、薬も若干聞いたような気もしましたが、学校は休み休みとなり、そんな状態なので授業中もトイレの事が頭から離れず、勉強どころではなく、どんどん遅れていきました。そして、とうとう学校だけでなく、家でも5分おきにトイレに行く状態なまでになってしまいました。こうして気力体力共に限界となり、6月から完全に不登校となりました。

不登校(当時は登校拒否といわれていた)になってしばらくは小学生の頃の同級生が家に来てくれましたが、当時の僕はとうとう一度も誰とも会いませんでした。今から思うと中学生になってまだ間もない子たちが来てくれたのに、悪いことをしたなと思いますが、当時の僕は誰とも会いたくなかったのです。

外に出る練習

そういった状態だったので、不登校になってもしばらくは外に出られなくなってしまいました。そのためまずは父と外出の練習から始めました。練習といっても、それまではなんてことなかった、15分、20分程度の場所です。たったこれだけの時間ですが、私としては、トイレのことがとても心配でした。そのため事前に父からトイレが利用できるコンビニやホームセンターなどを教えてもらいながら、徐々に距離を伸ばしていきました。そうして30分、1時間と、遠くの公園や河原などに散歩に行けるようになりました。
そして、不登校になってから約1年後に、家から2時間かかる、栃木県の祖父母の家に行けるようになりました。

大変とはいえ、車での移動がある程度できるようになってきたので、次も同じように電車移動の練習も行いました。電車に乗る時は必ずトイレのある車両に乗りました。ただ、普通列車では、トイレが1つしかついていないため、途中で誰かに入られてしまったらどうしようもない、という不安があったのでなるべくトイレの方を見ないようにしていました。そうやって、始めは隣町から慣らしていき、特急を使えば大宮まで行けるようになりました。

フリースペースとの出会い

そんなこんなでとても苦痛は伴いながらも外に出られるようになっていった頃、父から埼玉県所沢市に「フリースペース バクの会」という、自分と同じような子たちが日中集まっている場所があるという話を聞きました。
当時はインターネットなどまだ無い時代で、話し相手は家族しかおらず、人恋しさも出てきたのだと思います。そして、15歳の頃、高速を使って1時間半ほどかかりましたが、バクの会に顔を出すようになりました。
ただ、場所が遠く、父親が休みの時しか行けないため、何とか自力で行けるところはないかと聞いたところ、群馬県の当時は渋川市で「パスの会」が開いていたフリースペースを教えてもらいました。
当時の自分としては電車で1時間というのはとてもハードルが高かったのですが、特急を使うなどしながら自力で行くようになりました。
ちなみにバクの会、パスの会共に1987年から活動をしており、その後パスの会では20代以上の若者に対して就労体験の場を提供するなど、非常に多彩な活動を行っていました。しかし、残念ながらどちらの団体も代表およびスタッフたちの高齢化などで、ここ数年の内に長い活動の歴史に幕を閉じています。

無性に焦っていた16、17歳

こうして以前よりは少しずつ外に出られるようになりましたが如何せん、どちらのフリースペースも遠いことがネックとなり、1週間に1度行くのが精一杯でした。また、歳を取ると時間がたつのが早いと言いますが、当時の自分も1週間、1ヶ月、そして1年があっという間に過ぎていき、どんどん年を取っているという強い焦りを感じ始めました。そのため週1回・1時間のカウンセリングを数か月間受けましたが、私には合わなかったのか、効果が感じられませんでした。

大検予備校に通い始めた17歳の夏

そんな17歳の7月ごろ、母から新聞の小さな広告を見せられました。隣町の駅のすぐそばに大検(現:高等学校卒業程度認定試験)の予備校ができるというものでした。
それまで、中学1年の6月で不登校になって以来、高校進学なども一切考えられもしなかったのですが、この時ばかりは何故か、あるいはこのままではお先真っ暗という絶望感からか、隣町だしここで通い始めれば何か変わるかも、という思いを持ちました。
また、場所的にも、それまでフリースペースに電車で片道1時間かけて通っていたので、2駅ぐらいだったら何とか行けそう、少し気持ちの余裕もありました。こうして9月から大検予備校に通うようになりました。
もちろん、すんなり通えたわけではありません。入って2日目には休んだため、母からはもうお金が無駄になった、などと言われましたが、つっかえながらも徐々に通えるようになりました。こうして2年かかって大検の資格を取得しました。2001年12月でした。

・16歳の終わりに同じ市内ながら、引っ越しをした。これで周りの環境が変わったことも良かったのかもしれない。

人生の転機・20歳で大学入学

このように大検を取得しましたが、直前までその先は考えていませんでした。というより、まだ考える余裕がなかったのです。最初は大検予備校に通うこと、次は大検を取得することを目標としていましたが、その先は想像できませんでした。
ただ、偶然にも家から近くの埼玉工業大学が文字通り工業だけでなく、2002年度から文系の学部を新設することになりました。しかも、情報社会学科という自分の好きなパソコン関係も社会・政治関係も学べるピッタリなものでした。
そこで父から、家から近くて通いやすいし、大検も受かったから試しに受けてみたら、と言われました。その時はなぜかその気になり受けてみたところ、なんと合格したのです。
以前から、大学は中学校や高校と違って自由な所だ、とは聞いていたので、合格通知が来たときは何故か不安などはなく、とてもうれしかったです。
それからは、バイクで通学したほうが早いということで慌てて原付の免許を取り、4月からみんなより2年遅れでしたが大学生となりました。

学校生活は実質、小学生以来でしたが、それまでの反動からか、毎日が楽しくてしょうがなく、4年間を通してほぼ休まず毎日通っていました。

3年生となったあたりでも、大学生活が楽しく、更に政治学を深く学びたいと考えるようになりました。これにはそれまでの勉強のブランクが長かったこと、また、この時点ではまだ社会人となることへの不安があったこともあります。そこで大学院へ進学したいと思うようになり、24歳で明治大学大学院 政治経済学研究科へ入学しました。初めての東京での一人暮らしはしばらくは戸惑いましたが、修士課程の2年間はあっという間という感じで、無事卒業できました。

今から思うと大学に入った事で人生が大きく変わったと思います。それまでは中学1年で不登校になった時からずっと先が見えず、暗く重かったのですが、ここで急に空が晴れ渡ったような感じでした。

最後に

不登校や引きこもりになる原因・きっかけは人それぞれ違います。そのため、こういったケースにはこういう対処が正しい、などと言った単純なものではありません。
そのため、私のこれまでの体験や経験もそれがそのまま誰でも使えるとは限りません。

ただ、私は自分自身の経験を今、不登校や引きこもりのお子さんに悩んでいる親御さんに伝える中で、お子さんの状態に合わせながら、少しでも何かヒントとなればと思い、このサイトを立ち上げました。

 

NPO法人ぐんま若者応援ネット
引きこもり革命塾
塾 長  佐 藤 真 人